心臓弁膜症の治療
どんな場合に、手術が必要なの?
心臓弁膜症の弁の変化は薬では治せないので、外科手術が必要です。しかし、全ての心臓弁膜症患者さんに手術が必要というわけではありません。手術で得られるメリットが、手術のリスクを充分に上回る場合に「手術が妥当」と判断されます。心臓弁膜症の重症度や心臓弁膜症によって損なわれた心機能を評価するとともに、手術に伴うリスクを慎重に検討する必要があります。心臓弁膜症が重症で自覚症状がある場合や、心機能が一定の基準以上に障害されている場合に「手術が妥当」と判断されます。
「まだ手術を行う必要はない」と判断された場合は、手術のタイミングを逃さないよう定期的に検査を行います。定期検査では、胸部レントゲン・心電図・心エコー検査を行いBNPまたはNT-proBNPを測定して、弁膜症の重症度と心機能を評価します。検査の間隔は、心臓弁膜症が重症でない間は年1回、重症化して手術を考える時期が近づいてきたら3〜6ヶ月毎に縮めます。
手術には、人工弁置換術と弁形成術があります
「手術が妥当」と判断されたら、患者さんの全身状態を勘案し、ご本人とご家族の意向を踏まえて「どのような手術を行うか」を循環器内科医と心臓外科医がチームで検討します。代表的な手術法には、悪くなった弁を切り取って人工弁に取り換える人工弁置換術と、変形した弁を修復する弁形成術があります。手術は、人工心肺装置を使い心臓を止めて行います。最近では、80歳以上の患者さんの手術が増えましたが、手術の成績は80歳未満の患者さんと同じくらい良好です。
人工弁置換術後のイメージです。元あった弁は切り取られ、生体弁が大動脈弁に、機械弁が僧帽弁に縫い付けられています。このように2つの弁の手術を同時に行うことは今では稀ですが、リウマチ性弁膜症ではよく行われていました。リウマチ性弁膜症では、「僧帽弁狭窄症兼大動脈弁閉鎖不全症」など2つ以上の弁が障害される連合弁膜症があったからです。
出典:インフォームドコンセントのための心臓・血管病アトラス(一部改変)
人工弁置換術
人工弁には、機械弁と生体弁があります。
機械弁はチタン製やカーボン製の人工弁で、最大の強みは耐久性です。血栓(血液のかたまり)の付着や細菌感染などの緊急事態にならない限り、機械弁は半永久的に取り替え不要です。一方、難点は血栓が付着しやすいことです。血栓が付着すると弁が開かなくなり死亡原因となるので、緊急手術が必要になります。機械弁の術後は、血栓予防のためワーファリン(血液を固まりにくくする薬)を一生涯服用しないといけません。近年、血栓が付着しにくい人工炭素(パイロライト・カーボン)製の機械弁が開発されましたが、それでも生体弁には敵いません。
生体弁は豚の大動脈弁や牛の心膜で作った人工弁で、長所は血栓が付着しにくいことです。血栓予防のワーファリンが必要なのは、手術直後の3ヶ月間だけです。一方、耐用年数は短く(僧帽弁置換術で約10年、大動脈弁置換術で約15年)、再手術が必要になることがあります。通常、弁の劣化は急に進むことはないので、再手術はタイミングを計って行えます。中には、20年以上全く問題ない患者さんもおられ、生体弁の耐久性には個人差があります。一般的に、生体弁は、僧帽弁置換術後よりも大動脈弁置換術後の方が、若年者よりも高齢者の方が長持ちします。
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以上のような人工弁の特徴を踏まえて、65歳未満の患者さんでは耐久性に優れた機械弁を、65歳以上の患者さんでは生体弁を選ぶことが多いです。血液や肝臓の病気のため出血リスクが高くてワーファリンが服用できない場合や、妊娠を希望する女性、ワーファリンを服用したくない患者さんには機械弁を避けて生体弁を選びます。
弁形成術
弁形成術が最も多く行われているのは、僧帽弁閉鎖不全症(MR)です。MRの大半は加齢に伴う変性であり、その原因は弁尖や腱索にムコ多糖類が蓄積することです(粘液腫様変性)。変性の結果、肥厚やたわみを生じて変形した弁の隙間から逆流が起こります。2ヶ所以上の隙間から逆流していることもあります。
変性によって、腱索が切れたり引き伸ばされてもMRが発生します。僧帽弁の縁から乳頭筋につながるたくさんの細い糸状のものが腱索です(下の写真)。場合によっては、1本の腱索が切れただけでも重症のMRが生じます。腱索と乳頭筋が僧帽弁を左心室側に牽引しているので、左心室が収縮する時に、僧帽弁が左心房側に吹き上げられずにきちんと閉じて左心房への血液の逆流を防ぐことができます。
写真は、心臓弁膜症のない僧帽弁です。たくさんの細い腱索(矢印)が、弁の辺縁と乳頭筋につながっています。
自験例
僧帽弁形成術では、変形してたわんだ弁尖の余剰部分を切り取って縫い縮めたり、断裂した腱索を人工腱索(ゴアテックス製の丈夫な糸)で修復して弁の機能を回復させます。さらに、弁の外周(弁輪部)に特殊なリング(人工弁輪)を縫いつけて弁輪の形を整え補強します。弁形成術後は自分の弁が残るので、弁置換術に比べて心臓の機能がより温存されると考えられており、血栓予防のワーファリンも不要です。僧帽弁形成術は、僧帽弁置換術より技術的に難しいのですが、今やMR手術の主流となりました。まず弁形成術が可能かどうかを検討し、弁形成術が難しい場合に弁置換術を選択します。
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弁形成術前後の僧帽弁のイメージです。上段では、変形した前尖の余剰部分を切り取り縫い合わせ、断裂した腱索を人工腱索で修復し、弁輪部に特殊なリング(人工弁輪)を縫い付け補強しています。下段では、後尖を修復して馬蹄形の人工弁輪を縫い付けています。二次性MRでは、弁の処置は行わずに小さめの人工弁輪を縫い付けて補強する弁輪形成術が行われています。
出典:インフォームドコンセントのための心臓・血管病アトラス
心不全の重症化により右心室と右心房が拡大して起こる二次性TRも、外科手術の対象になることがあります。心不全がよくなると右心室と右心房の拡大は減るので、二次性TRは軽症化し消失することもあります。しかし、内科的治療を最大限に行なっても心不全が改善せず、なおかつ重症の二次性TRがある場合には、心不全の治療手段として二次性TRの外科手術が考慮されます。主に、弁輪部に小さめの人工弁輪を縫い付けて補強する弁輪形成術が行われますが、カテーテル治療も行われるようになりました。詳しくは、サイドメモ「二次性僧帽弁閉鎖不全症の外科的治療」をご覧ください。
その他の手術
カテーテルを使った心臓弁膜症の手術として、大動脈弁狭窄症(AS)に対する経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI)、僧帽弁閉鎖不全症(MR)に対する弁尖間クリッピング式の経皮的僧帽弁接合不全修復システム(MitraClip ®)、僧帽弁狭窄症(MS)に対してバルーンカテーテルで治療する経皮経静脈的僧帽弁交連切開術(PTMC)などがあります。
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