福岡県太宰府市の丸山医院(内科・消化器科・循環器科・リハビリテーション科)

2022-09-28

心不全の治療

心不全は、どんなふうに治療するの?

心不全の分類の一つに、症状が安定しているかどうかによる分類があります。心不全の治療により、体のバランスがとれて症状がほとんどなくなり状態が安定している場合を慢性心不全といいます。内服治療を継続しながら、外来通院が可能な状態です。一方、安定した状態から急激に症状が悪化した場合を急性心不全といい、多くは酸素吸入や点滴などの入院治療が必要です。急性心不全と慢性心不全では、治療方針が異なります。

急性心不全の治療

急性心不全の治療目標は、息切れや起座呼吸などの自覚症状を和らげることと、臓器のうっ血を改善して病態を安定させることです。急性心不全の治療では主に症状を取る薬(下の表をご参照ください)を使いますが、その代表格は余分な水分を取り除く利尿薬(フロセミド・アゾセミドなど、内服薬と注射薬があります)と、血管(主に静脈)を拡げて心臓の負担を軽くする血管拡張薬(硝酸イソソルビド・カルペリチドなど、点滴静脈注射で用います)です。多くの場合、これらの薬で自覚症状は緩和されますが、改善しない場合は心臓の収縮能を高めるカテコラミンやホスホジエステラ―ゼⅢ阻害薬などの強心薬を点滴静脈注射します。また、肺水腫(強い肺うっ血のため肺が水浸しになった状態)のため血中の酸素濃度が低下している場合は、酸素吸入や必要に応じて人工呼吸器なども使います。

以上のような治療によっても血圧・脈拍や血中の酸素濃度が改善しない場合は、大動脈バルーンポンピング(IABP)・経皮的心肺補助装置(PCPSまたはVA-ECMO)など、心臓のポンプ機能を補助あるいは代行する機械的補助循環法を用いて治療します。これらの機械的補助循環法の詳細については、大学病院や総合病院の循環器専門施設のホームページをご参照ください。

心不全治療薬の一覧です(筆者作製)。
心不全治療薬には、症状を取る薬と予後を改善する薬があります。症状を取る薬の代表格は利尿薬で、急性心不全では注射薬、慢性心不全では内服薬が用いられます。予後を改善する薬は主に慢性心不全で用いられますが、予後改善効果があるのは「左室駆出率が低下した心不全(HFrEF)」に対してのみであり、「左室駆出率が保たれた心不全(HFpEF)」ではそのような効果は確認されていません。

慢性心不全の治療

慢性心不全では、心臓の収縮能の指標である左室駆出率が低下している場合と、ほぼ正常に保たれている場合とでは治療のあり方が異なります。左室駆出率が低下した心不全(HFrEF:ガイドラインの定義では、左室駆出率40%未満)においては、予後を改善する効果が確認された治療薬が数多くあり、標準治療がガイドラインとしてまとめられています。一方、左室駆出率が保たれた心不全(HFpEF:左室駆出率50%以上)の標準治療はまだ確立されておらず、有望な治療薬が見つかり始めている状況です。

左室駆出率が低下した慢性心不全(HFrEF)の治療

HFrEFの治療では、アンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害剤またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)、β(ベータ)遮断薬、さらにミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRB)を使用するのが基本です。

心不全ではレニン–アンジオテンシン–アルドステロン(RAA)というホルモン系と自律神経である交感神経が活性化しており、それが心不全の予後(疾病の医学的な長期的見通し)を悪化させていることが、1980年代に明らかにされました。ACE阻害剤はアンギオテンシンの生成を抑制することにより、ARBはアンギオテンシンの作用をブロックすることにより、それぞれRAA系を抑制し沈静化します。MRBは、RAA系の最終産物であるアルドステロン(ミネラルコルチコイドの代表格)の作用をブロックします。β遮断薬は、交感神経をブロックし抑制します。慢性心不全(HFrEF)の患者さんが、RAA系や交感神経を抑制するこれらの薬剤を長期的に服用すると、死亡や心不全悪化による入院(心不全入院)が減ることがいくつもの大規模臨床研究で示されました。

まず1980年代後半にACE阻害薬とARB、1990年代後半にβ遮断薬、さらに2000年頃にMRBに関する大規模臨床研究の結果が次々と発表され、これらの薬剤を飲み続けるとHFrEFの予後が改善すること、また左心室の病的な拡大や収縮能障害が改善することが実証されました(サイドメモ「心室リモデリング」をご参照ください)。現在、これらの薬剤はHFrEFの標準治療薬として広く処方されており、ガイドラインでは心不全の早い段階(心機能低下はあるが症状がない段階、ステージB)から飲み始めることを推奨しています。なお、ACE阻害薬とARBの主作用は、ともにアンギオテンシンの抑制なのでどちらか一方を選択します。また、ACE阻害薬とARBはどの薬剤もHFrEFの予後を改善しますが、HFrEFの予後を改善するβ遮断薬は限られており国内で使用可能なのはカルベジロールとビソプロロールだけです(サイドメモ「β遮断薬」をご参照ください)。

近年、糖尿病治療薬のSGLT-2阻害薬(エンパグリフロジン・ダパグリフロジン)、心臓の負担を軽くする新薬のサクビトリル・バルサルタン(エンレスト®️)、心拍数を低下させるイバブラジン(コララン®️)が、HFrEF患者の死亡や心不全入院を減らし長期的予後を改善することが報告されました。 SGLT-2阻害薬は糖尿治療薬としての働きのほかに、利尿(尿を増やす)作用や心保護効果・腎保護効果があります。サクビトリルは、ナトリウム利尿ホルモンを分解するネプリライシンを阻害するのでナトリウム利尿ホルモンを増やします。バルサルタンはARBです。なので、サクビトリル・バルサルタンには、「ARBの効果」プラス「ナトリウム利尿ホルモンの効果」が期待できます。β遮断薬は交感神経を抑制して心拍数を減らしますが、イバブラジンは、洞結節の自動能(電気信号を発生させ続ける能力)を抑えて心拍数を減らします。β遮断薬を最大限使っても心拍数が毎分75未満にならない場合や、気管支喘息などのためβ遮断薬が使いにくい場合にイバブラジンを用います。イバブラジンの臨床研究では、心拍数が低いほど死亡や心不全入院が少ないことが示されました。

左室駆出率が保たれた慢性心不全(HFpEF)の治療

HFpEFを診断する際には、左室駆出率が50%以上であることに加えて、心不全の症状がありBNPまたはNT-proBNPが高値であること、左心室の拡張障害を示唆する検査所見があることが重視されます。HFpEFでは、心房細動をはじめ肥満・糖尿病・慢性腎臓病・慢性肺疾患(肺気腫・気管支喘息など)などの併存症が多く病態が複雑であるため治療が難しいと考えられています。

これまで、HFpEFの治療薬として様々な薬剤が試されましたが、HFpEFの死亡や心不全入院を減らすことがしっかり確認された治療薬はまだないのが現状です。しかし近年、HFpEFにおいて、MRBのスピロノラクトンが「心不全入院」を減らしたという結果と、SGLT-2阻害薬(ダパグリフロジンとエンパグリフロジン)が「心血管死または心不全入院」を減らしたという結果が報告され期待を集めています。心血管死とは、心筋梗塞などの心臓病による死亡、大動脈瘤などの大動脈の病気による死亡、さらに脳梗塞などの脳血管の病気による死亡のすべてを含むものです。

リハビリテーションも、心不全の重要な治療法(非薬物療法)です

以前は、「心臓病がある場合は、運動は禁物で安静にしておくのが良い」と考えられていました。しかし今では、症状が出ない範囲で積極的に体を動かすことは心不全患者さんにとってプラスであることが明らかとなっています。

心臓リハビリテーションの効果を調べるために、9つの比較試験から801名のHFrEF患者さんのデータを集めて解析(メタ解析)した結果です。
グラフの縦軸は割合を示し、1は100%、0.7は70%、0.5は50%を表します。横軸は経過日数で、平均の追跡期間は705日でした。HFrEF患者さんの生存率(左)と死亡と心不全入院の回避率(左)は、心臓リハビリテーションを行った方(青)が行わなかった場合(赤)を常に上回っていました。

出典: BMJ 2004; doi: https://doi.org/10.1136/bmj.37938.645220.EE (Published 16 January 2004)

入院中に行われる急性期の心臓リハビリテーションは、患者さんの早期離床(より短期間で、ベッドから起き上がって動けるようになること)を促してできるだけ早く日常生活に戻れるようにするのが目的です。高齢者では、入院がきっかけで「寝たきり」になる危険性があるため早期のリハビリ開始が肝要です。

さらに重要なのが、回復期および退院後の慢性期の心臓リハビリテーションです。歩行や自転車こぎ・スロージョギング・軽いエアロビクスなどの有酸素運動と、チューブトレーニングのような軽い筋肉トレーニング(低強度レジスタンストレーニング)を組み合わせて行います。このようなリハビリテーションを続けることにより、HFrEFの悪化による心不全入院と死亡が減る(つまり、生存率を高める)ことが実証されています。さらに近年、心臓リハビリテーションが、HFpEFの予後も改善することが報告されました。心不全であっても、心臓が悪いからといって家の中に閉じこもっていないで、症状がない範囲でどんどん動くことが大事です。

心臓リハビリテーションの効果

*運動能力・体力の向上により、日常生活で心不全の症状(息切れなど)が軽くなる
*筋肉量が増えて楽に動けるようになり、心臓への負担が減る
*心臓の機能が良くなる
*血管が広がりやすくなり、身体の血液循環がよくなる
*動脈硬化が進みにくくなり、既にできている動脈硬化プラーク(血管の壁の盛り上がり)が小さくなる
*血管が広がって高血圧が改善する
*インスリンの効きが良くなって血糖値が改善する
*自律神経が安定して不整脈の予防になる
*運動を行うと仕事や家庭生活、社会生活の満足度が高くなる

出典:日本心臓リハビリテーション学会のホームページより
   https://www.jacr.jp/faq/q119/

サイドメモ:『心不全治療薬としてのβ遮断薬』はこちら
サイドメモ:『心筋(または心室)リモデリング』はこちら

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