頻脈性不整脈:心房細動
心房細動って、何?
心臓には2つの心室(左心室と右心室)と2つの心房(左心房と右心房)があります。心房細動では心房で1分間に400〜600回の電気信号が異常発生しており、正常の心房収縮はみられず心房壁は痙攣したように不規則に細かく震えています(文字通り、細かく動いているだけ)。
しかし、毎分数百の電気信号の全てが心室に伝わる訳ではなく、房室結節で間引かれるため心室に伝わる電気信号は1分間に70〜150回で、その間隔はモールス信号のようにバラバラです。
心房細動の心電図。P波(心房の正常な電気信号)はみられず、基線の細かい揺れ(f波と言います)を認めます。このf波は、心房細動で発生している1分間に数百回の異常な電気信号です。QRS波(心室の電気信号)の間隔はバラバラで不規則です。
どんな症状があるの?
脈の乱れや「脈が飛ぶ」ように感じたり、動悸がして息苦しくなったりします。さらに、胸の不快感や痛み、めまい、倦怠感などの症状がみられることもあります。ですが、およそ50%の患者さんでは自覚症状がないといわれており、自覚症状がある人でも起こった心房細動発作の50%には気づいていないという報告もあります。
心房細動は、よくある不整脈!
国内の心房細動の患者数は70〜80万人とされており、潜在的な患者さんも含めると100万人以上と考えられています。心房細動は、糖尿病や高血圧症などと同じように普通によくみつかる不整脈です。心房細動の患者数は年齢(とし)をとるとともに増え、日本循環器学会が行なった疫学調査(2009年)では、人口100人あたりの患者数は60代では1人、80歳以上では3.2人でした。また、高血圧や肥満がある人、飲酒や喫煙習慣がある人では、それらがない人に比べて心房細動になるリスクは高いといわれています。
最初は、短時間(数分〜数時間)の心房細動が出たり引っ込んだり(心房細動になったり正常脈に戻ったり)する「発作性」です。その後、年月が経つにつれて心房細動の持続時間は長くなり、「持続性」「長期持続性」と慢性化していきます。最終的には、抗不整脈薬などで治療しても正常脈に戻らない「永続性」の心房細動となるのが一般的な自然経過です。「ずーっと心房細動が続くなんて怖い」と思うかも知れませんが、以下に述べるように脳梗塞の対策をきちんとしていれば、慢性化しても怖がる必要はありません。しかも、慢性化するとかえって自覚症状は軽くなります。
日本循環器学会の疫学調査の結果に基づき、年齢層別の心房細動の発生頻度(有病率)を示します。男性(青)・女性(赤)ともに年齢とともに心房細動が増えますが、とくに男性で多いことが分かります。
出典:Int J Cardiol 2009;137:102–7を元に作図。
心房細動が発生してから、洞調律(正常な脈)が維持されている比率の経過(日本人のデータ)を示します。洞調率維持率の低下は、正常な脈が徐々にみられなくなり心房細動が慢性化しつつあることを意味します。心房細動が発生してから25〜30年後には、100%近くが心房細動になっています。
出典:Cir J 2004;68:568-72より引用。
心房細動では、何が悪いの? 何が怖いの?
心房細動が直接の原因となって命を落とすことは、まずありません。心房細動において、一番厄介で恐ろしいのは脳梗塞を起こすことがあるということです。
心房細動では、心房全体が収縮することはなく細かく震えているだけなので、心房内では血液の「よどみ」を生じ血栓(血液の固まり)ができやすくなります。血栓は、左心房(左心耳)にできることが多いです。できた血栓が、はがれて血流にのり左心房→左心室→大動脈→脳まで流れて脳の動脈に詰まると脳梗塞を起こしてしまいます。
心臓内で発生した血栓が原因で起こる脳梗塞(心原性脳梗塞)では、脳動脈硬化が原因で起こる脳梗塞に比べてより太い脳動脈が詰まることが多いです。太い動脈はより広い範囲に行き渡っているので、脳梗塞はより大型となり重症の麻痺(後遺症)が残り寝たきりになることが多く、生命予後(長期の生存率)もよくありません。また、脳梗塞を発症した直後に、ひどい脳のむくみのために呼吸中枢や循環中枢(脳幹)が圧迫されて、呼吸や血圧・脈拍が維持できなくなり死亡することもあります。
心房細動では1分間に数百回の異常放電のため、心房内の血流がうっ滞して左心房内で血の塊り(血栓)を生じやすくなります。できたての血栓ははがれやすく、血流に乗って脳まで流れると太い脳動脈に詰まり大きな脳梗塞を起こします。大きな脳梗塞は、急性期(起こった直後)の死亡や、重症の後遺症(寝たきり)の原因となります。
従って、心房細動の治療では、脳梗塞の予防が最も重要であり、そのためには血液を固まりにくくする抗凝固薬の内服が必要です。
出典:「心房細動週間」のホームページより
心房細動の治療では、脳梗塞の予防(抗凝固薬の内服)が一番大事!
心房細動の治療には、心房細動を正常脈に戻すことや、脈が早い場合には内服薬(β遮断薬など)で脈拍数を抑えてゆっくりした脈にすることなどがあります。でも、一番重要なのは、脳梗塞を予防することです。そのためには、血液を固まりにくくする抗凝固薬を定期的に内服すること(抗凝固療法と言います)が重要です。
脳梗塞を起こす危険性が高い人では、抗凝固薬の必要性がより高いと言えます。心房細動において脳梗塞が起こりやすくなるリスクと考えられているのは、心不全、高血圧、年齢(65歳以上、とくに75歳以上)、糖尿病、脳梗塞や一過性脳虚血発作(一過性の手足の麻痺や言語障害など)を過去に起こしたことがある、などです。
抗凝固薬には、どんな薬があるの?
約10年前までは、抗凝固薬はワルファリンしかなく、心房細動の脳梗塞予防は50年以上に渡ってワルファリンの独壇場でした。ところが2011年以降、以下の4つの新しい抗凝固薬が使えるようになりました。
・ダビガトラン(プラザキサⓇ)
・リバーロキサバン(イグザレルトⓇ)
・アピキサバン(エリキュースⓇ)
・エドキサバン(リクシアナⓇ)
ワルファリン(ワーファリンⓇ)って、どんな薬?
ワルファリンは、ビタミンKを阻害します。ビタミンKが阻害されると、肝臓で作られる4つの血液凝固因子(第Ⅱ・Ⅶ・Ⅸ・Ⅹ凝固因子)の産生が抑えられます。
血管の中を流れている血液では、出血を止めるために働く凝固系(血液凝固因子)と固まった血栓を溶かして分解する血液線溶系がうまくバランスを取り合っています。ワルファリンの作用で血液凝固因子が減ると、そのバランスが崩れて血液線溶系が優勢となり血液は固まりにくくなるという訳です。
ワルファリンの効果は、様々な要因、とくに食べ物の影響を受けてばらついてしまい調整が難しくなることがあります。例えば、納豆や緑黄色野菜などビタミンKを多く含む食べ物を多く摂ると、ワルファリンの効果が相対的に弱まります。逆に、体調が悪くて食事摂取量が減ると、ワルファリンの効果が相対的に強まります。また、ワルファリンの肝臓での分解と排泄には個人差があります。同時に服用している他の薬の影響を受けて、ワルファリンの効果が過剰になることもあります。
また、
①飲み始めてもすぐ効かない
②中止してもしばらく効果が残ってしまう
③ワルファリンが適正に効いているかどうかは採血検査(PT-INR)をしないと分からない
などのデメリットがあります。また万一、脳出血を起こすと、出血量が多い重症の脳出血となり命に関わることも少なくありません。
新しい抗凝固薬(DOAC)は、どんな薬?
新しい抗凝固薬は、1つの凝固因子(トロンビン、または第Ⅹa凝固因子)だけを選択的にかつ直接的に(ワルファリンのように、ビタミンKを介することなく)阻害します。新しい抗凝固薬が脳梗塞を予防する効果は、適正にきちんと用量調整されたワルファリンと同等か、それより優れていることが確認されています。
さらに、新しい抗凝固薬ではワルファリンのデメリットが解消されています。具体的には、
①飲み始めたその日から十分な効果が発揮される
②半減期が短い(体に残りにくい)
③食事の制限がいらない
④決められた用量を内服すればよく、内服量の調節がいらない
⑤大出血や脳出血の発生がワルファリンより少なく、脳出血が重症化することも少ない
などの特徴があります。半減期が短く体に残りにくいので、手術を受ける時には休薬期間が短くて済み、怪我をした時はワルファリンより早く出血を止めることができます。
新しい抗凝固薬は、ワルファリンに比べて良いことばかりのようですが、腎臓が悪い人には使えません。腎機能が悪い患者さんは出血のリスクも高いので、注意しながらワルファリンを使います。
また、新しい抗凝固薬の薬価(1日当たり500〜560円)は、ワルファリン(1日当たり30〜50円)の約10倍と高価です。それぞれの新しい抗凝固薬にも少しずつ違いがあり、ワルファリンを含めてどの抗凝固薬が良いかは、個々の患者さんの病態や希望に応じて決める必要があると思います。
5つの新旧の抗凝固薬
薬品名 | ワルファリン | ダビガトラン | リバーロキサバン | アビキサバン | エドキサバン |
---|---|---|---|---|---|
商品名 | ワーファリン | プラザキサ | イグザレルト | エリキュース | リクシアナ |
阻害する 物質 |
ビタミンK* | プロトロンビン | 第Ⅹa凝固因子 | ||
剤型 | 錠剤 | カプセル | 錠剤 | 錠剤 | 錠剤 |
1日の 服用回数 |
1回 | 2回 | 1回 | 2回 | 1回 |
生体利用率 | 100% | 3〜7% | 66〜100% | 50% | 62% |
腎臓からの 排泄 |
ほぼ0% | 80% | 65% | 35% | 20% |
発売年 | 1954年 米国での承認 |
2011年 | 2012年 | 2013年 | 2014年 心房細動での 適応承認 |
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*凝固因子のうち第Ⅱ・第Ⅶ・第Ⅸ・第Ⅹ因子はビタミンKが関与して肝臓で生成されます。ワルファリンはビタミンKを阻害することによって、これらの凝固因子の産生を抑制します。
参考情報
- 循環器病研究振興財団 一般の皆様へ 知っておきたい循環器病あれこれ
第140号「心房細動治療の最前線」
http://www.jcvrf.jp/general/pdf_arekore/arekore_140.pdf
- 心房細動週間
日本脳卒中協会と日本不整脈学会の合同実行委員会は、毎年3月9日を「脈の日」、3月9日~15日を「心房細動週間」と定めて、心房細動とそれに伴って起こる脳梗塞を予防するための啓発活動を展開しています。
ホームページ http://www.shinbousaidou-week.org/
フェイスブック https://www.facebook.com/shinbousaidoushuukan/
動画「脈の自己チェック」 https://www.youtube.com/watch?v=KaOeZoZXC1A
- 心房細動ナビ
https://www.shinbousaidou-navi.com/
- 心房細動.com 心房細動という不整脈と脳梗塞のはなし
https://www.oshiete-shinbousaidou.com
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