PADの治療
生活習慣病の内科的治療が重要です
PADの治療目的は、足の症状を改善させることと、患者さんの生命予後(病気の経過においてどのくらい生命が維持できるかの見込み)を改善させることです。PAD患者さんの大多数には、高血圧症・糖尿病・脂質異常症などの動脈硬化の危険因子があります。禁煙を含む生活習慣の改善と薬物療法によりこれらの危険因子をコントロールすることが、PADの進行を抑え生命予後を改善させるために重要です。
さらに、足の症状(間歇性跛行)がある場合には、以下のような治療を行います。
間歇性跛行に対してまず行うのは、薬物療法と運動療法です
PAD患者さんが病院を受診しようと思うきっかけの7〜8割は、間歇性跛行(フォンテイン分類 Ⅱ度)です。間歇性跛行と診断されてから5年後の状況を調べたところ、症状改善か不変が75%、症状増悪が25%、血行再建*1は5%、大切断*2は1〜2%でした。間歇性跛行の予後はそれほど悪くありませんが、初期対応が重要です。間歇性跛行に対してまず行うのは、薬物療法と運動療法です。
*1:カテーテル治療や外科的バイパス術を行って、動脈硬化のために閉塞した動脈の血流を回復させること。
*2:足の指や足首など足関節(足首)以下での切断を小切断、足関節より上の下腿や大腿部での切断を大切断といいます。
薬物療法では、血小板の働きを抑えて血液をサラサラにする抗血小板薬と、高コレステロール血症治療薬であるスタチンが重要です。
抗血小板薬は、症状があるPAD(フォンテイン分類 Ⅱ度以上)で推奨されていますが、無症状のPADには推奨されていません。推奨されている抗血小板薬は、クロピドグレル・アスピリン・シロスタゾールです。唯一、シロスタゾールには、跛行改善の効果(歩行距離が伸びる)があります。
スタチンは、症状がない場合も、悪玉コレステロール(LDL-コレステロール)値が正常の場合でも推奨されています。全てのスタチンに、跛行改善効果があります。また、スタチンを内服していた方がしなかった場合より足の切断が少なかったという報告があり、足の予後も改善させると考えられています。
運動療法の方法は歩行がベストで、トラック歩行やトレッドミル(ルームランナー)により跛行が改善したという報告が数多くあります。「跛行が出現するまで歩いて休む」を繰り返す歩行リハビリを30〜60分間、週3回、3ヶ月以上行うことが推奨されています。医師や理学療法士の監視下で行う方が、そうでない場合よりも跛行の改善効果が大きいことがわかっています。ガイドラインでも監視下運動療法を推奨していますが、残念ながら、我が国では保険で認可された監視下運動療法施設が非常に少ないのが現状です。
カテーテル治療やバイパス術を行うのは、どんな場合?
カテーテル治療やバイパス術などを行って、障害された足の血流を回復させることを血行再建といいます。症状のないPADの足の予後は概ね良好であり、血行再建を行うことはまずありません。運動療法や薬物療法などの内科的治療を行っても間歇性跛行が改善しない場合には、血行再建を考えます(下の図)。
間歇性跛行の治療の流れです。薬物療法や運動療法で症状が改善すれば、それらを継続します。改善しなければ、血行再建を考えます。膝より上の動脈が原因の場合は、カテーテル治療やバイパス術を計画します。動脈病変が膝下動脈の1ヶ所だけの場合は、内科的治療を継続しながら様子をみます。
参考資料:日本循環器学会/日本血管外科学会合同ガイドライン 抹消動脈疾患ガイドライン(2022年改訂版)
潰瘍や壊死があるフォンテイン分類 Ⅳ度には、血行再建が必要です。やむを得ず足を切断しないといけない場合も、切断端が治癒するのに必要な血流を確保するためにバイパス術を行うことがあります。安静時痛があるフォンテイン分類 Ⅲ度も、血行再建が必要になることが多いです。
カテーテル治療は、どんな治療?
カテーテル治療は、カテーテルという細く長い管を足の付け根の動脈に挿入し、その中をバルーンカテーテルなどの治療器具を通して病変部まで進め、閉塞や狭窄を動脈内から拡げて血流を回復させる治療です。
カテーテル治療の原理や治療器具は、狭心症や心筋梗塞を生じた冠動脈(心臓の動脈)で行われている経皮的冠動脈形成術(PCI)と同様です。①先端に風船が付いたバルーンカテーテルやステント(網目状の金属の筒)を使って治療する、②治療部位に血栓が付着して塞がるのを防ぐため、治療後に抗血小板薬を飲み続ける必要がある、③細胞増殖により治療部位の動脈壁が盛り上がって内腔が塞がること(再狭窄)がある、などの共通点があります。
PCIとの大きな違いは、治療器具のサイズです。冠動脈ステントの太さは2〜4mm、長さは10〜50mmですが、足用のステントの太さは4〜12mmと太く、長さは5〜15cmととても長いです。バルーンの長さが30cmにもなるバルーンカテーテルもあります。
治療前の血管造影(左)では、大腿動脈の長い区間が塞がっています。カテーテル治療後のレントゲン写真(中央)では、足の付け根から膝上までの長い区間に留置されたステントが写っており、血管造影(右)では大腿動脈の血流が回復しました。
出典:日本循環器学会/日本血管外科学会合同ガイドライン 抹消動脈疾患ガイドライン(2022年改訂版)
以前は、カテーテル治療の数ヶ月後に、40〜50%の患者さんで、動脈壁の細胞増殖のため治療した部位が塞がる再狭窄が起こりました。再狭窄を防ぐため開発されたのが、薬剤溶出性ステント(DES、Drug-Eluting Stentの略称)と薬剤コーティッドバルーン(DCB、Drug-Coated Balloonの略称)です。DESとDCBの表面に塗り付けられた抗がん剤(パクリタキセルなど)が治療部位の細胞増殖を抑制するので、再狭窄率は20〜30%に半減しました。
さらに2016年から、ステントグラフトが我が国でも使用可能となり、カテーテル治療の成績がさらに向上しました。ステントグラフトには人工血管に使う素材が張り付けてあるので、ステントの隙間から内膜組織が盛り上がってきて内腔が塞がることがありません。
ステントグラフトの外観です。ステントグラフトはステントに人工血管を貼り付けた治療器具で、ステントと同様にバルーンカテーテルで拡げて治療部位に留置します。動脈の拡張をしっかり保持し続け、なおかつ動脈の蛇行や足の曲げ伸ばしに伴う外的な動きにも追従できる特殊な構造になっています。
バイパス術は、どんな治療?
バイパス術は、閉塞した動脈に血流の迂回路を作る手術です。長い閉塞病変や強い石灰化がある場合は、カテーテル治療ではうまく治療できないことが多いです。そのような場合でも、病変の前後に動脈硬化の軽い部位があれば、代用血管(バイパスグラフト)を縫い付けることができるのでバイパス術は可能です。
バイパスグラフトには、自家静脈(患者さん自身の足の静脈)や人工血管を使います。自家静脈は長期的に塞がりにくく細菌感染を起こすことも少ないので、第一選択は自家静脈です。適切な静脈が見つからない場合は、人工血管を使います。
バイパス術前後の血管造影で、右の写真は左の四角部分の拡大です。膝下の動脈は、大腿動脈の閉塞のため術前はよく写っていませんが、術後は人工血管の血流で造影されています。
出典:日本循環器学会/日本血管外科学会合同ガイドライン 抹消動脈疾患ガイドライン(2022年改訂版)
下の図のように、本来の動脈の走行ではない経路でバイパスグラフトを架ける方法もあります(非解剖学的バイパス術)。
左腋窩動脈―両大腿動脈バイパス術(非解剖学的バイパス術)前後のCT画像です。腹部大動脈が閉塞していたため(左)、左腋窩動脈(脇の下にある動脈)と左右の大腿動脈を人工血管(矢印)でつないで両足の血流を回復させました(右)。人工血管は、胸からお腹の皮下を通しています。
出典:国立研究開発法人国立循環器病研究センターのホームページより
カテーテル治療とバイパス術は、どう使い分けるの?
カテーテル治療は、カテーテルを挿入するための小さな傷ですみ、体の負担は軽く入院期間も短いです。バイパス術には、「バイパスグラフトは長持する」という大きなメリットがありますが、体の負担が大きく入院期間が長いという難点があります。カテーテル治療とバイパス術のどちらを行うかは、治療する動脈の部位によって異なります。
腸骨動脈〜膝窩動脈(膝上の動脈)では、数年前まで「短い病変はカテーテル治療、それ以外はバイパス術」という方針でした。しかし、近年のカテーテル治療の成績向上に伴い、カテーテル治療の出番が増えています。腸骨動脈において、数年前に発表されたステントグラフトの我が国での治療成績は、バイパス術と同じくらい良好でした。浅大腿動脈〜膝窩動脈においては、最新のガイドラインでは、長さ25cm未満の病変はカテーテル治療を推奨しています。25cm以上の病変はバイパス術が原則ですが、手術リスクが高い場合や適切な自家静脈が見つからない場合はカテーテル治療が許容されています。
例外的に、浅大腿動脈と深大腿動脈が分かれる前の総大腿動脈では、血栓内膜摘除術が第一選択です。血栓内膜摘除術は、動脈を切り開いて動脈硬化病変をくり抜く手術です
膝下の動脈ではDESとDCBが保険未承認で使用できず、通常のバルーンカテーテルしか使えないのでカテーテル治療の成績は不良です。最良の治療は自家静脈を使ったバイパス術ですが、治療を受ける患者さんの大半が合併症の多い重症PADなので、「使える静脈がない」「全身状態が不良で手術が難しい」などの理由でカテーテル治療に頼らざるを得ないのが実状です。
ハイブリッド治療という方法もあります
ハイブリッドとは、異種のものの掛け合わせによって生み出された生き物あるいは物のことです。PAD治療には、カテーテル治療とバイパス術を組み合わせたハイブリッド治療があります。
例えば、①腸骨動脈のカテーテル治療+腸骨動脈から大腿動脈へのバイパス術(下の図)、②大腿動脈のカテーテル治療+膝下の動脈へのバイパス術などです。
ハイブリッド治療は、出血量が少なく体の負担が軽く手術時間も短いので、手術リスクは軽減され入院期間は短縮されます。しかし、手術室と、カテーテル治療を行うための血管造影検査室の2つの機能を兼ね備えたハイブリッド手術室が必要です。
ハイブリッド治療後の造影CTです。高度の狭窄があった右総腸骨動脈には、カテーテル治療でステントが留置されました。総腸骨〜外腸骨動脈が閉塞していた左足には、バイパスグラフト(人工血管)を介して右足からの血流が流れるようになりました。ピンクの矢印は、人工血管の縫い付け部位です。
出典:日本血管外科学会雑誌 2017;26:275–283 (改変)
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