<サイドメモ>橈骨動脈アプローチ
こちらの記事は、『虚血性心疾患:経皮的冠動脈形成術(PCI)』の補足記事です。
以前は、足の付け根の動脈(大腿動脈アプローチ)や肘の動脈(上腕動脈アプローチ)からカテーテルを挿入して冠動脈造影検査やPCIを行なっていました。大腿動脈アプローチの場合、冠動脈造影検査後の数時間は、カテーテルを挿入した部位(穿刺部)から出血しないようにするため刺入部に重し(砂のう)をのせて圧迫しながら仰向けのままでいなければならず、寝返りも足を動かすこともできません(それぞれの病院で、安静にしている時間は異なります)。PCIの場合は冠動脈造影検査より太いカテーテルを使うので、ベッド上での安静時間はさらに長くなります(長い時には、半日以上にもなります)。上腕動脈アプローチでは右肘の動脈からカテーテルを挿入するので、止血のため利き腕を数時間以上伸ばしたまま固定して穿刺部を圧迫しなければならない不自由さがあります。また上腕動脈の場合、圧迫がずれやすいので血止めがうまくいかず大きな内出血を生じてしまうこともあります。
そのような中、20年くらい前から、冠動脈造影検査で右手の手首の動脈を使うようになりました(橈骨動脈アプローチ)。大腿動脈アプローチの場合は、比較的まっすぐで太い動脈(大腿動脈→腸骨動脈→腹部大動脈→胸部大動脈)の中を心臓に向って進んでいくので、カテーテルの操作は比較的容易です。一方、橈骨動脈アプローチの場合は、細い動脈(橈骨動脈・上腕動脈・腋窩動脈・鎖骨下動脈)の中を進んでいくので、当初は不慣れなこともあってカテーテルの操作がやりにくい感じがありました。患者さんにとって、カテーテル検査を足の付け根の動脈からされるより、手首の動脈からの方が身体的・精神的な負担が少ないのは明らかです。でも、橈骨動脈アプローチの最大のメリットは検査後にありました。
通常、橈骨動脈アプローチでは右腕を使います。この図は、右腕の動脈を手のひら側から見たところです。橈骨動脈は、前腕(肘から手首まで)の親指側にあります。橈骨動脈の拍動がよく触れる部位(ピンクの矢印)を穿刺してカテーテルを挿入します。
出典:©️ TeachMeAnatomy
橈骨動脈の止血(血止め)操作は、手首に止血バンドを巻くだけです。患者さんにとっては、本当に楽だと思います。しかし、われわれ医師や看護師にとっても、大腿動脈や上腕動脈に比べて止血操作が随分楽になるという大きなメリットがありました。橈骨動脈アプローチの場合、止血が完了するまでの数時間は右手が使いにくくなりますが、それ以外のことは自由にできます。トイレも歩いていけますし、心臓カテーテル検査室から歩いて病室に戻ることも可能です。導入してから1年ほど経つと、橈骨動脈アプローチを始めた時に感じていたカテーテル操作のやりにくさも気にならなくなり、橈骨動脈アプローチの冠動脈造影検査の件数は徐々に増えていきました。今では、8〜9割以上の冠動脈造影検査を橈骨動脈アプローチで行っている施設が多いようです。さらに、検査だけでなくPCIも橈骨動脈アプローチで行われるようになり、今では急性心筋梗塞に対する緊急PCIでも橈骨動脈が使われることが多くなりました。
橈骨動脈アプローチでは、右橈骨動脈に逆流防止弁がついた太さ約2mm・長さ10〜15cmのチューブ(シース)を挿入します。検査やPCIで使うカテーテルは、このシースを通して出し入れします。写真は、ポリ塩化ビニール製の止血バンドでシース刺入部を圧迫する止血方法の一例です。
まず、止血バルーンをシース刺入部にあて、バンドを巻き付けます。止血バルーンに空気を注入し、刺入部を充分に圧迫してからシースを抜きます。止血バンドは透明なので、刺入部の様子がよくわかります。30〜60分おきにバルーンの空気を少しずつ抜いて、段階的に圧迫を緩めます。最後に出血がないことを確認して、止血バンドを取り外します。
出典:テルモ(株)ホームページより
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