心アミロイドーシス
こちらの記事は、『心筋症とは?』の補足記事です。
野生型ATTRアミロイドーシスが注目されています
アミロイドーシスとは?
アミロイドは、体の構成成分である特定の蛋白質の構造や性質が変化してできた、水や血液に溶けにくい線維状の構造物の塊です。アミロイドが、様々な臓器の間質に沈着して機能障害をきたす病気がアミロイドーシスです。
アミロイドーシスはアミロイドの元になる蛋白質により分類され、今のところ36種類のアミロイドが知られています。例えば、骨髄腫やM蛋白血症の免疫グロブリン由来のALアミロイド、甲状腺ホルモン結合蛋白であるトランスサイレチン(TTR)由来のATTRアミロイドなどです。ALアミロイドーシスは、アミロイドになりやすい免疫グロブリンが骨髄で作られることが原因で、血液中の免疫グロブリンから作られたアミロイドが全身の臓器に沈着します(全身性アミロイドーシス)。ATTRアミロイドシースでは、TTR由来のアミロイドが肝臓で作られて全身の臓器に沈着します。
心アミロイドーシスを起こすのは、ALおよびATTRアミロイドーシス
障害される臓器により、心アミロイドーシスや腎アミロイドーシスなどと呼ばれます。心アミロイドーシスをきたすのは、ALアミロイドーシスとATTRアミロイドーシスです。心アミロイドーシスでは、アミロイドの沈着のため心室の壁が厚くなり、拡張能が低下して心不全を起こします。この時点では、収縮能は正常で左室駆出率は低下しておらず、このような心不全を左室駆出率が保たれた心不全(HFpEF)といいます。
さらに進行すると収縮能も低下して、治療が難しい重症の心不全となります。心房細動を併発することが多く、房室ブロックや致死性の心室性不整脈を認めることもあります。
野生型ATTRアミロイドーシスとは?
ATTRアミロイドーシスには、「遺伝性(変異型)」と「野生型」があります。遺伝性ATTRアミロイドーシスの原因は、TTRの遺伝子異常のために、TTRの構造が変化してアミロイドが産生されやすくなることです。野生型ATTRアミロイドーシスの原因はよく分かっておらず、TTRの構造は健常者と同じで異常はありません。高齢者(とくに男性)に多いことから、加齢が原因の一つと考えられています。
野生型ATTRアミロイドーシスでは、アミロイド沈着を心臓と手根管で高頻度に認めます。手根管症候群(文末の脚注を参照)は最も多い初発症状で、診断の重要な手掛かりとなります。心アミロイドーシスは60代後半から80代前半で見つかることが多いですが、その約半数では心臓の症状が出る5〜10年前に手根管症候群(両側性が多い)がみられます。
神経へのアミロイド沈着も多く、感覚性・運動性の末梢神経障害(手足のしびれ・麻痺)、自律神経障害(立ちくらみ、排尿の異常、便秘、下痢)などを起こします。
野生型ATTRアミロイドーシスの診断件数が急増中!
アミロイドーシスの症状がない人でも、高齢者では、ATTRアミロイドが心臓に沈着することがよくあります。病理解剖の研究では、80歳以上の12〜25%、95歳以上の37%と高率に、ATTRアミロイドの沈着を心臓で認めました。我が国でも、病理解剖を受けた80歳以上の12%にATTRアミロイドの沈着を心臓で認めたという報告があります。
このように、ATTRアミロイドは高齢者の心臓でよくみられるので、野生型ATTRアミロイドーシスは高齢者では稀ではないと推測されてきました。しかし、有効な治療法がなかったため、積極的に診断されることは稀でした。ところが、タファミジスが、遺伝性さらに野生型ATTRアミロイドーシスに有効であることが示され、2019年に野生型ATTRアミロイドーシスに対してタファミジスが使えるようになってから、病気の啓発が進み診断件数が急増しています。
心アミロイドーシスの確定診断には、心筋間質にアミロイドが沈着していることを病理検査(顕微鏡検査)で証明する必要があります。心筋のサンプルを得るには、心筋生検が必要です。心筋生検とは、カテーテル検査中に、特殊な鉗子を使って米粒の半分ほどの心筋を採取することです。入院が必要な大掛かりな検査で、合併症のリスクもゼロではありません。そのような中、99mTc-ピロリン酸(PYP)シンチグラフィ(以下、PYPシンチ)が心アミロイドーシスの診断に大いに役立つことがわかり、それが積極的な診断を大きく後押ししました。
PYPシンチは、外来で容易に安全に行なえます。本検査は骨シンチグラフィの一種で、健康な人は骨しか映りませんが、ATTRアミロイドが心臓に沈着していると心臓が強く映ります。ガイドラインでは、PYPシンチは野生型ATTRアミロイドーシスの診断基準の1項目であり、心筋生検なしでも本検査で陽性所見があり、さらに一定の要件を満たせば「ほぼ確実な診断(probable)」として認められています。しかし、確定診断には心筋生検が必要です。PYPシンチで本疾患の可能性が高い患者さんに対象を絞って心筋生検を行えば、より効果的に確定診断を下すことができます。

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99mTc-ピロリン酸シンチグラフィの画像です。上段は、シンチカメラで検知した放射性同位元素(99mTc)の放射線の量と分布を画像化した平面像(プラナー像)です。線量が多いほど濃く写ります。下段は、断層画像(SPECT像)です。線量が多いほど、緑→黄→赤となります。「0」は、心臓に放射性同位元素の集積がない場合。「1」「2」「3」は、心臓(矢印)への集積が軽度・中等度・高度の場合です。
出典:Y Tsutsui, T Kubota et al Circulation Reports 2019; 1: 277–285
心アミロイドーシスの診断にPYPシンチが導入されてから、野生型ATTRアミロイドーシスが予想以上に多いことが分かってきました。高齢者の慢性心不全の約10%は、本疾患だといわれています。これまで「肥大型心筋症」「高血圧性心臓病」「大動脈弁狭窄症」と診断されていた患者さんの中に、本疾患が紛れ込んでいた可能性も示されています。本疾患の正確な患者数は不明ですが、国内の患者数は数万人に及ぶとも推測されています。
野生型ATTRアミロイドーシスには、有効な治療薬があります
野生型ATTRアミロイドーシスの治療薬として認められているのは、TTR安定化薬であるタファミジス(内服薬)と、TTR産生に関わるメッセンジャーRNA(mRNA、TTRの設計図)を破壊する核酸医薬であるパチシラン(注射薬)です(2025年3月現在)。
TTRは4つ組み合わさると(4量体)安定しますが、遺伝子異常(遺伝性)や加齢(野生型)のため蛋白質の性状に異常をきたすと、4量体が崩れてアミロイドができやすくなります。
タファミジスは、TTRの4量体構造を安定化させ、アミロイドができにくくする薬です。タファミジスによって、全死亡と心血管病による入院が減ることが分かりました。病気を完全に治す薬ではありませんが、病気の進行を遅らせる薬です。
パチシランは、TTRのmRNAと配列が符合する短い2本鎖RNA(siRNA、短鎖干渉RNA)です。siRNAを投与することで、結果的にTTRのmRNAが分解されてTTRが産生できなくなります。この最新の技術(遺伝子サイレンシング療法)は、がんや神経疾患の治療にも応用されています。3週間毎のパチシランの点滴静注で、TTRの産生を持続的に抑制することができます。神経症状に対する有効性が示されており、心臓に対する効果も期待されています。
できるだけ初期の段階で、野生型ATTRアミロイドーシスを見つけるには?
左室駆出率が保たれた心不全(HFpEF)は高齢者に多く、我が国では高齢化に伴ってHFpEFが急増しています。しかし、HFpEFには有効な治療法がなく、標準的な治療法の確立が急務です。そのような状況の中、高齢者のHFpEFの5〜15%が野生型ATTRアミロイドーシスであることがわかりました。野生型ATTRアミロイドーシスには、有効な治療薬があります。
しかし、これらの治療薬を進行した心アミロイドーシスに使っても、大きな改善効果は期待できません。心機能や生命予後(病気の経過においてどのくらい生命が維持できるかの見込み)をより大きく改善させるためには、できるだけ初期の段階で適切に診断して治療に繋げることが肝要です。我々循環器内科(心臓血管内科)の医師は、高齢の患者さんで原因不明の心肥大(肥大型心筋症の疑い)や、心肥大を伴う高血圧・大動脈弁狭窄症を見た時には、心アミロイドーシスを想起してその可能性を検討するように心掛けることが重要です。
心アミロイドーシスになる前に、何とか診断できないものでしょうか。心アミロイドーシスが見つかる5〜7年前に手根管症候群がみられるので、手根管症候群を診断の糸口にすれば、より早期の患者さんに行き当たりそうです。このテーマについて、我が国では複数の大学病院で、整形外科と循環器内科の共同研究が進められています。また実際、野生型ATTRアミロイドーシスが稀な病気ではなく、手根管症候群との関連性が知られるようになってから、整形外科の先生から循環器内科への患者相談が増えているという話も耳にします。
参考資料:2020年版 心アミロイドーシス診療ガイドライン
アミロイドーシスの参考情報
- 難病情報センター>指定難病28>病気の解説(一般利用者向け)
https://www.nanbyou.or.jp/entry/45 - 厚生労働省科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業
アミロイドーシスに関する調査研究班
http://amyloidosis-research-committee.jp - 日本アミロイドーシス学会>アミロイドーシスについて
https://www.amyloidosis.jp/about-amyloidosis.html
手根管症候群の参考情報
- 一般社団法人 日本脊髄外科学会
https://www.neurospine.jp/original66.html - 公益社団法人 日本整形外科学
https://www.joa.or.jp/public/sick/condition/carpal_tunnel_syndrome.html
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