虚血性心疾患:狭心症の診断と治療
狭心症の診断
狭心症が疑われた場合は、心電図検査、冠動脈CT検査や心筋シンチなどの画像診断、さらに冠動脈造影検査などの検査を行います。
心電図
狭心症であっても、症状のない通常の時には心電図に異常はありません。狭心症の症状がある時(発作時)だけ心電図が変化するので、診断のためにはまさに症状が起こっている時の心電図記録が必要です。その一つの方法が、狭心症の発作を誘発するため、運動をしながら心電図を記録する運動負荷心電図検査です。運動の方法には、トレッドミル(ルームランナーのような器械)やエルゴメーター(自転車こぎ)があります。狭心症の症状とともに心筋虚血による心電図変化がつかまれば、診断はほぼ確実です。胸の症状がなくても、運動負荷中の心電図に心筋虚血のサインが現れれば、狭心症の可能性がきわめて高いです。
二つ目の方法は、24時間心電図(ホルター心電図)検査で、通常の生活をしてもらいながら体に装着した小型心電計で心電図記録を行う検査です。しかし、必ずしも検査中に狭心症の発作が起こるわけではないので自ずと限界があります。
運動負荷検査の心電図記録です。心電図で記録される12個の波形のうち、3つ(Ⅱ・V5・aVF誘導)を示します。Ⅱ誘導では、最大負荷時・負荷後のST部分(赤い矢印で示す水平部分)が負荷前と比べて凹んでいます。V5・aVF誘導でも同様の変化を認めます。胸の症状(狭心症)と共に、このような一過性の心電図変化(ST低下)を認めれば狭心症と診断できます。
出典:インフォームドコンセントのための心臓・血管病アトラス(一部改変)
冠動脈CT検査
最近では、狭心症が疑われる場合には、冠動脈CT検査を行うことが多くなりました。造影剤を腕の静脈から注射しながらCTで撮影した胸部の断層写真をもとに、コンピューターグラフィックで冠動脈を画像化したのが冠動脈CT検査です。
冠動脈CT検査では、冠動脈の狭窄病変の有無はよくわかりますが、狭窄の重症度が読み取りにくい場合があります。本検査の強みは、プラーク(コレステロールがたまってできた動脈壁の隆起)の大きさや石灰化(カルシウムの沈着)など冠動脈壁の様子を観察できることです。
冠動脈CTのVR画像(右)とCPR画像(左)です。
造影剤を使うことにより、冠動脈のうちのり(内腔)が白く映し出されます。左のCPR画像では、動脈壁のプラーク(黄色の矢印、灰色の隆起)や石灰化(ピンクの矢印、白い小片)の様子がよくわかります。冠動脈の内腔が、プラークのために狭くなっている部位があります。
出典:インフォームドコンセントのための心臓・血管病アトラス(一部改変)
心筋血流シンチ検査
心筋血流シンチ検査は、心臓の血液の行き渡り方(心筋の血流の状態)を調べる画像診断です。静脈内に注射した微量の放射性同位元素(ラジオアイソトープ)が、血流にのって心臓の中で拡がった様子を画像化します(シンチグラフィー)。運動や薬物で心臓に負荷をかけて心筋虚血(狭心症)を誘発させた時と、安静にして心臓に負荷がかかっていない時の2つの条件で撮影したシンチグラフィーを照らし合わせて血流の状態を調べます。
安静時には放射性同位元素が心臓(左心室)の全体に広がっているのに、負荷をかけた時には放射性同位元素が行き渡っていない部位があれば、負荷をかけた時にその部位の血流が減ることがわかります。一過性の血流不足、つまり心筋虚血があったと判断できるわけです。
狭心症患者において、負荷時と安静時の2つの条件で撮影した心筋血流シンチ検査の画像(シンチグラフィー)です。
上段から、心臓の輪切り(短軸断面)、縦切り(垂直断面)、横切り(水平断面)です。右側の安静時では、放射性同位元素が左心室の全体に拡がり黄色ないし赤に明るく映し出されています。一方、負荷直後では、左心室の前方の領域は映し出されておらず(黄色の矢印)血流不足があることがわかります。
出典:インフォームドコンセントのための心臓・血管病アトラス(改変)
冠動脈造影検査
冠動脈造影検査は、虚血性心疾患の診断のゴールドスタンダードで、冠動脈の狭窄病変の有無と狭窄の重症度が判断できます。これまで述べてきた検査は外来検査ですが、冠動脈造影は入院が必要です(一部の病院では、日帰り検査も行われています)。冠動脈造影検査については、「急性心筋梗塞の診断と治療」の項で解説していますのでそちらをご参照ください。
狭心症の患者さんで撮影した冠動脈造影検査の写真です。
左は右冠動脈、中央は左前下行枝、右は左回旋枝(右)の写真です。それぞれの冠動脈に高度の狭窄病変があるのがわかります(黄色の矢印)。
出典:インフォームドコンセントのための心臓・血管病アトラス(一部改変)
なお、冠動脈CT検査・心筋血流シンチ検査、冠動脈造影検査は当院では行えないので、これらの検査が必要な場合は筑紫地区の基幹病院(済生会福岡二日市病院・福岡大学筑紫病院・福岡徳洲会病院)にご紹介しています。
狭心症の治療
狭心症の治療には、薬物療法と非薬物療法があります。薬物療法は、文字通り飲み薬での治療です。非薬物療法とは薬以外の治療法のことですが、カテーテル治療(経皮的冠動脈形成術、PCIと略します)と冠動脈バイパス手術(CABG)があります。薬物治療法とPCIは循環器内科医が担当し(内科的治療)、冠動脈バイパス手術は心臓外科医が担当します(外科的治療)。
狭心症の薬物療法
薬物療法では、狭心症の症状を和らげる薬、血液を固まりにくくしてサラサラにする薬(抗血小板薬)、動脈硬化の進行を抑制する薬(スタチン系の薬)などを用います。このうち、抗血小板薬とスタチン系の薬は、病状に関係なく狭心症と診断された全ての患者さんに飲んでいただきたい薬です。
狭心症状を緩和する薬の代表格は、カルシウム拮抗薬と硝酸薬です。全身の動脈・静脈を広げ心臓の負担を軽くして、狭心症が起こり難くします。β遮断薬は、心拍数と心筋収縮を抑え心臓の酸素必要量を減らして抗狭心症作用を発揮します。また、心筋を保護する働きや不整脈を抑制する働きもあります。ただしβ遮断薬は、日本人を含む東洋人に多い「冠れん縮性狭心症」を悪化させる可能性があるので注意が必要です。
虚血性心疾患では、血液を固まりにくくしてサラサラにする薬として抗血小板薬が使われます。急性心筋梗塞や不安定狭心症(重症の狭心症)では、プラーク(コレステロールがたまってできた動脈壁の隆起)に付着した血栓が病態に関わっていますから、治療とACSの再発予防のために抗血小板薬が欠かせません。また、PCIを行なって冠動脈ステントを冠動脈内に留置した場合にも抗血小板薬が必須です。
動脈硬化の進行を抑制する薬の代表格はスタチン系の薬で、悪玉コレステロール(LDL-コレステロール)を大幅に低下させます。急性心筋梗塞や狭心症と診断された場合は、再発や増悪を防ぐためLDL-コレステロールを100mg/dl未満に抑えることが重要です。
薬物療法の詳細については、「虚血性心疾患の外来治療」の項(来年早々に、掲載の予定)をご覧ください。
狭心症の非薬物療法
非薬物療法には経皮的冠動脈形成術(PCI)と冠動脈バイパス術(CABG)がありますが、この2つを合わせて冠血行再建術といいます。冠血行再建とは、障害されている冠動脈の血流を再びよみがえらせるということです。PCIでは冠動脈の狭窄部位を風船(バルーンカテーテル)で拡げて、CABGでは狭窄部位の下流にバイパスグラフトをつなぐことによって冠血行を再建します。冠血行再建術の目的は、狭心症の症状を改善すること、さらに急性心筋梗塞などの心血管イベントを予防して予後(疾病の医学的な長期的見通し)を改善させることです。
冠血行再建術を行うために必要な条件は、①冠動脈に高度の狭窄病変があり、②その狭窄病変が確かに心筋虚血をきたす原因になっていることです。冠動脈の狭窄病変は、冠動脈造影検査で最終診断します。「狭窄病変が心筋虚血の原因であること」は、運動負荷心電図検査が陽性となる、あるいは心筋血流シンチ検査で一過性の血流低下部位を認めれば確認できます。さらに原則として、治療しようとしている冠動脈の下流には高度の狭窄がなく、狭窄病変より先の血流には問題がないことも条件のひとつです。PCIとCABGは、これらの条件を踏まえた上で行われています。
経皮的冠動脈形成術(PCI)
PCIは、カテーテルを使った治療法です。先端にバルーン(風船)がついた細いカテーテルを冠動脈の狭窄部位まで押し込み、バルーンを膨らませて狭窄を拡げます。そのままでは血管がへしゃげたり血管壁のささくれが浮いたりしてせっかく治療した冠動脈が塞がってしまう原因にもなるので、80〜90%の事例では血管をしっかり拡げて支えるためにステントという金属の筒を留置します。詳しくは、「経皮的冠動脈形成術(PCI)」の項をご覧ください。
血流を元に戻して心筋虚血が起こらないようにするのですから、PCIによる予後(疾病の医学的な長期的見通し)の改善効果は薬物療法より断然 優れていると考えられていました。とくに、心筋虚血の範囲が広い狭心症は、PCIによる恩恵が大きいと考えられていました。しかし近年の臨床研究により、たとえ高度の虚血がある患者さんであっても、生活習慣の指導を含む総合的な内科的治療を適切に行えば、PCIと同じくらい予後改善の効果があることがわかりました。内科的治療の有用性が再認識されています。
冠動脈バイパス手術(CABG)
冠動脈バイパス術(CABG)は、患者さん自身の血管(動脈グラフト・静脈グラフトといいます)を狭窄部の下流の動脈硬化のない部位に縫い付けて、狭窄部より先の血流を回復させる外科手術です。
代表的なグラフトは肋骨前方の裏側を流れている左右の内胸動脈(動脈グラフト)と、足の大伏在静脈から取った静脈グラフトです。多くの部位にバイパスが必要な場合は、前腕の動脈(橈骨動脈)や胃の動脈(右胃大網動脈)を使った動脈グラフトも使います。 静脈の壁は薄く脆弱であるため、静脈グラフトは動脈グラフトに比べて詰まりやすく長持ちしません。10年後の開存率(10年後も詰まらずに流れているグラフト数が手術した全てのグラフト数に占める割合)は、内胸動脈で約90%、大伏在静脈では約50%、橈骨動脈と右胃大網動脈はその中間です。
左冠動脈主幹部(左前下行枝と左回旋枝が枝分かれする前の根元の部分)の病変、3枝病変(右冠動脈・左前下行枝・左回旋枝の3本の冠動脈の全てに狭窄病変がある場合)、完全閉塞病変(冠動脈の内腔が隙間なく完全に閉塞している場合)などは、PCIよりもCABGが適しているといわれています。また、同時に心臓弁膜症など他の心臓手術が必要な場合には、PCIではなくCABGを選択します。さらに、糖尿病がある患者さんでは、PCI後に狭窄が再発(再狭窄といいます)することが多く、PCI部位以外で新たに狭窄を生じることも多いので、動脈グラフトを用いたCABGが望ましいといわれています。
冠動脈バイパス術後のイメージです。静脈グラフトは、足の静脈(大伏在静脈)を使います。切り取った静脈の両端を、大動脈の付け根と冠動脈の狭窄部(赤い矢印)の下流に開けた穴に縫い付けてバイパス血流路とします。
動脈グラフトの代表格は、肋骨の前方内側にある内胸動脈です。肋骨から剥がした内胸動脈を狭窄部の下流に縫い付けるので、バイパス血流は青い矢印のように流れます。腕の動脈(橈骨動脈)や胃の動脈(胃大網動脈)を使った動脈グラフトもあります。
出典:インフォームドコンセントのための心臓・血管病アトラス(一部改変)
院長 岡部より一言
PCIが登場する前の内科医と外科医は、完全分業制でした。「私は狭心症で手術が必要です」と言って、初めから心臓外科を受診する患者さんはまずおられません。患者さんはかかりつけの先生の紹介で大きな病院の循環器内科を受診し、循環器内科医は検査を行って狭心症の診断を下して手術(CABG)が必要かどうかを判断する。心臓外科医は、内科から依頼された手術を行う。これが、PCIが登場する前の時代の自然な流れでした。
循環器内科医がPCIを行うようになって、内科医と外科医の距離は近付きましたが、それでも血行再建術を行うかどうかは循環器内科医たちだけで判断していました。全身麻酔で胸を開いて行うCABGは身体的な負担が大きいのでPCIを選びたくなるのは人情ですが、内科医の判断にそのようなバイアスがかかる可能性もあります。身体的な負担を強いても、CABGを勧めるべき患者さんは確かにおられます。「内科医だけで治療方針を決めて良いのか」という機運が高まってきました。
一方、2010年頃に経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI)(*1)という画期的な心臓弁膜症の治療法が登場しました。それまで、重症の大動脈弁狭窄症の治療は、ガチガチに固くなり動かなくなった大動脈弁を取り除き人工弁に置き換える外科手術しかありませんでした。TAVIは、カテーテル先端のバルーンに巻き付けた人工弁もろとも固くなった大動脈弁を押し拡げながら、人工弁を大動脈弁部に留置するという治療法です。TAVIの治療計画の立案(術前カンファレンス)においては内科医と外科医が頭を突き合わせて知恵を出し合う必要があり、TAVIを実施するハイブリッド手術室(*2)でも内科と外科の共同作戦が必然でした。
近年では、虚血性心疾患(狭心症)の治療に関しても、PCIとCABGのどちらで治療すべきかを循環器内科医と心臓外科医が一緒に協議するようになりました。学会のガイドラインも、循環器内科医と心臓外科医を交えたハートチーム(*3)による治療方針の協議を強く推奨しています(安定冠動脈疾患の血行再建ガイドライン[2018年改訂版:日本循環器学会/日本心臓血管外科学会合同ガイドライン])。「左主幹部病変については外科がCABGを行って、右冠動脈の病変は内科でPCIすることにしましょう」などと、一人の患者さんの治療を内科と外科が協同して行うことも少なくありません。より客観的かつ公正な判断で、より適正な治療が行われるようになったと言えます。
*1:「患者さん向けtavi-web」(エドワーズライフサイエンス株式会社)で解説されています。動画も掲載されていますので、興味がある方はご覧ください。
*2:ハイブリッド手術室とは、高画質の透視・動画撮影ができる高性能レントゲン撮影装置を設置した手術室のことです。外科手術を行う手術室とPCIのようなカテーテル治療を行う心臓カテーテル室の機能を組み合わせる(ハイブリッドさせる)ことにより、TAVIなどの最先端治療が可能となります。
*3:循環器内科医・心臓外科医だけでなく、麻酔科医などの他科の医師、医療器械の操作を担当する臨床工学技士、放射線技師、看護師など多くの職種がチームの一員です。
[虚血性心疾患 関連記事]