福岡県太宰府市の丸山病院(内科・消化器内科・循環器内科・リハビリテーション科)

2025-06-16

肥大型心筋症(HCM)

肥大型心筋症(HCM)

「不均等に肥大して、拡張能が障害されている心臓」が肥大型心筋症(HCM、Hypertrophic CardioMyopathyの略称)です。高血圧症や心臓弁膜症でみられる通常の心肥大では、心室壁が全体的に均等に分厚くなります。一方、HCMでは「心室の壁の厚さが、ある部位では正常の2倍以上もあるのに、別の部位では正常」というように、不均等でいびつな心肥大が特徴です。

1999年の全国調査では、HCMの頻度は人口10万人あたり17.3人でした。しかし、この調査はカルテに基づいたもので、病院を受診していない患者さんを含みません。HCMは無症状のことが多く、無症状の患者さんは病院に行かないので、実際にはもっと多いはずです。
HCMの約50%には遺伝性があり(家族性HCM)、心筋収縮蛋白(ミオシン・トロポニンなど)の遺伝子異常が主な原因です。常染色体優性遺伝を示すことが多いです。

肥大型心筋症(HCM)の心臓と、正常の心臓のイメージ

画像は横にスクロールします。

肥大型心筋症(HCM)の心臓と、正常の心臓のイメージです。HCM(左)では、左心室と右心室を隔てる心室中隔が著しく肥大していますが、左心室の後壁の厚さは正常の心臓(右)とほぼ同じです。また、肥大した心室中隔と僧帽弁の間隔が狭まり、大動脈に向かう左心室の出口を塞いでいます。
出典:インフォームドコンセントのための心臓・血管病アトラス(一部改変)

「不均等な心肥大」のために、様々な病型があります

心室中隔が高度に肥大すると僧帽弁との間隔が狭まり、左心室から大動脈へ血液が拍出される時に、心室中隔と僧帽弁が股ずれ状態となり内腔狭窄(閉塞)を生じます(下の図の矢印、上の図も参照)。その結果、左心室内圧は異常に高まり大動脈内圧は低下して、めまい・眼前暗黒感(一瞬、目の前が真っ暗になること)や失神の原因となります。このような病型を閉塞性肥大型心筋症と呼びます(心臓カテーテル検査を参照)。さらに、左心室の中間部が肥大して収縮時にこの部位で内腔狭窄を生じるものを左室中部閉塞性肥大型心筋症、左心室の心尖部が著明に肥大したものを心尖部肥大型心筋症といいます。
また、HCMの2~5%は経過中に拡張相肥大型心筋症に移行することがあります。肥大した左心室壁が薄くなり、収縮能が低下し内腔も拡大して重症で難治性の心不全に陥ります。致命的な心室性不整脈の合併も多く、予後は不良です。

心筋症イメージ

画像は横にスクロールします。

左心室の不均等な肥大により、左心室の流出路に閉塞を生じる閉塞性肥大型心筋症、左心室の中間部に閉塞を生じる左室中部肥大型心筋症、心尖部が限局性に肥大した心尖部肥大型心筋症があります。

無症状のことが多いですが、突然死をきたすこともあります

自覚症状が無いことが多く、治療も不要のことが多いです。70〜80歳を超えるまで無症状の患者さんも結構おられます。無症状でも、大多数の患者さんの心電図には明らかな左心室肥大の所見がありますし、左心室の内腔狭窄を生じている病型では心雑音があります。我が国では健診システムが整っているので、学校や職場の健診時に心雑音や心電図異常に気付かれて、HCMが偶然見つかることが多いです。

自覚症状としては、労作時の息切れ・胸部不快感・動悸などつかみどころがない症状が多いです。その一方で、胸痛や眼前暗黒感・失神がみられたり、頻度は少ないですが突然死も起こり得ます(年間1%未満)。突然死は25歳未満の若年者に多く、運動中の突然死が多いです。中高齢者は、心不全や、心房細動に伴って左心房内に生じた血栓で起こる塞栓症(その大半は脳梗塞)で亡くなることが多いです。

診断では、心エコー検査が重要です

HCMを疑ったら、心エコー検査を行います。「不均等な心肥大」を認めれば、HCMの可能性が高まります。肥大する部位は心室中隔が多く、左心室の前壁・側壁・後壁さらに右心室のこともあります。我が国では、欧米に比べて心尖部肥大型心筋症が多いですが、心エコー検査では心尖部の様子がよく見えないことがあり、CTやMRIの助けが必要になることがあります。

心臓カテーテル検査では、カテーテルを通して心腔内の血圧を測定します。左心室の拡張障害を反映して、左心室が充満する拡張期の内圧が上昇します。閉塞性肥大型心筋症では、心尖部から大動脈までカテーテルを引き抜きながら血圧を測定すると、左心室の出口(流出路)で血圧が急激に低下します(下の図)。肥大した心室中隔と僧帽弁による閉塞部位を境にして、異常に上昇した左心室内圧と大動脈内圧との間に大きな血圧差(圧較差)を生じるためです。左室中部閉塞性肥大型心筋症でも、肥大した左心室の中間部を境にして圧較差が発生します。圧較差については、心エコー検査でドプラエコーを使って詳しく調べることができます。

閉塞性肥大型心筋症の心臓カテーテル検査(自験例)

画像は横にスクロールします。

閉塞性肥大型心筋症の心臓カテーテル検査です(自験例)。1本のカテーテルは大動脈にとどめて、もう1本のカテーテルを左心室の心尖部から大動脈まで引き抜きながら2本同時に血圧を記録しました。
図の左側で0から200mmHgまで大きく振れているのが左心室内の血圧、100mmHgをピークに図の左から右までノコギリの刃のように振れているのが大動脈の血圧です。左心室と大動脈の血圧差は、心尖部(図の左)では100mmHgもありましたが、左心室の出口(流出路、図の中央)では血圧差がなくなりました。

心肥大をきたす二次性心筋症を除外して診断します

HCMの診断は、心肥大をきたす二次性心筋症を一つ一つ否定する除外診断が基本です。多くの場合、診断はそれほど難しくないですが、心臓障害しかみられない「心ファブリー病」や「心アミロイドーシス」との鑑別が問題になることがあります。

ファブリー病は、男性の場合、α-ガラクトシダーゼAの酵素活性がないか著しく低下していれば診断できます。女性の場合は、α-ガラクトシダーゼAの酵素活性が低下していないことがあるので、診断には遺伝子検査が必要です。

アミロイドーシスの診断には、心筋生検が有用です。カテーテル検査中に、特殊な鉗子を使って米粒の半分ほどの心筋を採取することを心筋生検といいます。顕微鏡検査で心筋の間質にアミロイドの沈着を証明できれば、アミロイドーシスの診断が確定します。

自覚症状がある場合や、左心室内の圧較差が大きい場合は治療が必要です

失神やめまいがある場合や、無症状でも左心室内の圧較差が大きい場合は、競技スポーツなどの過激な運動を制限します。胸痛や呼吸困難などの症状には、Ca拮抗薬(ベラパミル・ジルチアゼム)やβ遮断薬(インデラル・ビソプロロール)の内服を用います。これらの薬は心臓の収縮能を抑えて、閉塞性肥大型心筋症の流出路の閉塞を軽減します。ジソピラミドやシベンゾリンなどの不整脈治療薬にも心収縮能の抑制作用があるので、流出路の圧較差の治療に使われることがあります。

流出路の閉塞に対して薬が無効の場合には、心房-心室ペースメーカ植込みが有効なことがあります。カテーテル治療(経皮的中隔心筋焼灼術)を行うこともあります。場合によっては外科手術(心筋切開術・切除術)が必要ですが、我が国での手術件数は多くありません。

突然死の対策も重要です

HCMの突然死は年間1%未満と多くないですが、HCMに関連した死亡の約40%を占めるといわれています。突然死のリスクには、①家族にHCMで突然死した人がいる、②原因不明の失神がある、③壁厚30mm以上の左心室肥大がある、④心電図で非持続性心室頻拍が見つかった、などがあります。

突然死のリスクが高い場合は、植込み型除細動器(ICD、Implantable Cardioverter Defibrillatorの略称)を植込みます。ICDは人工ペースメーカと同じような構造の器械で、心電図を常に監視して心室細動心室頻拍(頻脈性の心室性不整脈)を感知すると、直ちに電気ショックや頻拍ペーシングを行なって不整脈を止めます。突然死の予防効果は、抗不整脈薬には限界がありICDが最も有効です。

心室細動や持続性心室頻拍を起こして救命処置で突然死を免れた場合は、再発率が高く(年率約10%)ICDが植込まれます(二次予防)。持続性心室頻拍とは、30秒以上持続する心室を起源とする頻脈性不整脈です。また、「原因不明の失神」がある場合と、「壁厚30mm以上の左心室肥大」を認める場合は突然死のリスクがとくに高いとされ、どちらか1つあればICD植込みを検討します(一次予防)。

近年、造影MRIで遅延造影陽性の拡がりが広範なほど、突然死のリスクが高いことがわかり、ICDを植込むかどうかを検討する際の指標として注目されています。造影剤の静脈注射後10〜15分遅らせてMRI撮影を行なった時に、造影剤が流れ去らずに心筋内に残留して白く染まることを遅延造影陽性といいます。遅延造影陽性となるのは、線維化した心筋と考えられています。つまり、線維化した心筋が多いほど、突然死のリスクが高まるということです。

閉塞性肥大型心筋症の心臓カテーテル検査(自験例)

拡張相肥大型心筋症の30代男性(自験例)の造影MRIの遅延撮影画像です。左は長軸像(心臓の縦切り)、右は短軸像(心臓の輪切り)です。正常の心筋は、造影剤が残らないので真っ黒く映ります。線維化した心筋では、造影剤が滞留して白く映ります。心室中隔と左心室の後壁(図の下方)で、遅延造影陽性の(白く染まる)領域が目立ちます。なお、心臓の外側の真っ白な層は、心臓の表面にある脂肪組織です。

参考資料

  • 日本循環器学会/ 日本心不全学会合同ガイドライン 心筋症診療ガイドライン(2018年改定版)
  • 日本循環器学会/ 日本心臓血管外科学会/日本胸部外科学会/日本血管外科学会合同ガイドライン 心筋症診療ガイドライン(2018年改訂版) 重症心不全に対する植込型補助人工心臓治療ガイドライン

[心筋症 関連記事]

ページ上部へ移動